名栗園ストーリー

Story

名栗園とは

写真:白黒写真時代の名栗園

昭和38年 故・石井岱三(いしいたいぞう)会長(当時28歳)が神戸市にて医療社会事業協会(M・S・W)の全国大会の折、岡山県のケースワーカーが「老人問題」を提起しました。その中に「特別養護老人ホーム」の増設が急務とあったのが耳に残ったそうです。そこから探求、研究への意欲が湧き、埼玉県民生部・老人福祉係に伺ったり、施設見学をしたりと、自ら進んで動きを始めました。昭和41年6月に県内民間で初めて、日高町(現日高市)に清雅園を設立、県立では東光園(現在の採華園)が昭和41年に事業開始しました。その清雅園を辞し、集団検診時に訪問していた旧名栗村の小学校が廃校となり、校舎を借り受ける準備に入りました。公有財産を借り受けるのが難題だったそうです。昭和43年5月に校舎使用申請書を提出し、同月22日に「特別養護老人ホーム名栗園」と命名しました。この間校舎の改築費、資金の調達、法人認可申請と難題が山積みであったそうです。その当時法人の基本財産として1千万円つみなさい、「老人をあんな山の中に連れて行くのに舗装されてない道では困る」、「何とか舗装してもらってください」言うことは簡単であるが言われた方は目の前が真っ黒であったそうです。職員の採用は、昭和44年1月15日に行い、2月1日より出勤、午前中は介護の講義、午後は建物の清掃、居室(教室)廊下(すべて木の床)は豆腐のおから磨き、ズボンの膝の部分は擦り切れたそうです。これは建物に愛着を持たせる事がねらいであったそうです。

職員は採用して2ヶ月目、人件費はなく、3月29日に開園式(当日は雪)を執り行った祝い金を、人件費に充当したそうであります。4月1日より川口市より12名の利用者を「老人委託事業」として入所されました。

道路の舗装問題は、埼玉国体が開催されるので全県道を舗装されることになり、埼玉県土木部の証明書を添付し昭和44年7月14日に法人が認可されました。現在の法人認可も厳しい基準でありますが、前述のような事柄以外にも難題があり、それを乗り越えてこられた創始者の石井会長の事を忘れてはなりません。現在の社会福祉法人名栗園の原点であることも忘れてはいけません。

今は、建物、介護用品も充実、その昔はオムツにしても県内の婦人会にお願いし、さらし又は手ぬぐいを利用して自前で洗濯、庭には物干し場が設置され、大変な思いで業務に携わっていた時代もありました。

現在、飯能市、八潮市、川口市、さいたま市岩槻区に特別養護老人ホーム5ヵ所、軽費老人ホーム、養護老人ホームを運営しており、職員数は540名を超えます。石井会長は平成20年3月に病を患い、平成29年1月逝去されましたが、平成21年3月から石井会長の意思を受け継いだ池田徳幸理事長のもと、「人を人として介護する」の基本理念を実践し、名栗園に求められる社会福祉事業を展開しています。

創始者
石井岱三氏の
経歴
写真:創始者 石井岱三氏
  • 社会福祉法人晃和会 特別養護老人ホーム清雅園 施設長(昭和42年6月~12月)
  • 社会福祉法人名栗園 特別養護老人ホーム名栗園・太行路 施設長(昭和44年7月~平成16年3月)
  • 社会福祉法人名栗園 常務理事(昭和56年12月~平成12年12月)
  • 社会福祉法人名栗園 理事長(平成12年12月~平成21年3月)
  • 社会福祉法人埼玉県社会福祉協議会 理事(昭和49年3月~平成20年7月)
  • 社会福祉法人埼玉県社会福祉協議会 副会長 (平成12年11月~平成20年7月)
  • 埼玉県老人福祉施設協議会 会長 (昭和49年4月~平成20年11月)
  • 中央社会福祉審議会 正委員(平成3年12月~平成11年5月)
  • 社会福祉法人全国老人福祉施設協議会 会長(平成5年5月~平成11年5月)
  • 社会福祉法人全国社会福祉協議会 理事(平成5年5月~平成11年5月)
  • 老人保健福祉審議会 委員(平成6年10月~平成11年5月)
  • 厚生省医療保険福祉審議会 委員(平成9年9月~平成11年5月)
  • 名栗村議会議員(昭和50年から昭和58年)
  • 飯能市議会議員(昭和60年から平成元年)
  • 埼玉県知事表彰(昭和58年11月14日)
  • 厚生大臣表彰(平成元年11月10日)
  • 藍綬褒章受章(平成12年4月29日)
  • 旭日双光章受章(平成20年5月1日)